インプラントについて

インプラントは欠損修復、歯科治療に大きな変革の潮流を起こしている。過去、総義歯局部床義歯、クラウンブリッジなど、患者の欠損歯数により各種修復が行われてきたが、インプラント治療はこれらの垣根を取り払っている。つまり、欠損の大きさにより補綴修復を決定するのではなく、患者の希望により、各修復法のメリット、デメリット、リスクを正確、的確に提示し、患者自身の選択により決定するインプラント治療が欠損修復の有力な選択肢の一つとなった。

インプラント歯科治療法の父として知られる、スウェーデンのペルイングバール・ブローネマルク教授

インプラント歯科治療法の父として知られる、スウェーデンのペルイングバール・ブローネマルク教授

インプラントの歴史

人類の歴史を変えるような発明、発見は、えてして思いがけない事故や偶然が糸口となってもたらされることが多い。
今日、インプラント歯科治療法の父として知られる、スウェーデンのペルイングバール・ブローネマルク教授が、その基礎となるメカニズムを発見した時も、やはり、実験中の事故がきっかけであった。

1954年のある日、解剖学の研究者であったブローネマルク教授が、ヨーテボリの実験室でウサギの骨に金属製実験装置を埋め、組織の反応を確かめる実験に勤しんでいる過程で、「事故」は起こった。
様々な金属製装置による実験を重ねる中で用いた、チタニウム製の装置にウサギの骨が癒着してしまったのだ。
無機物の金属を骨に応用することは拒否反応こそあれ、骨と金属の癒着、つまり、チタニウムという金属に骨の細胞増殖を促す作用があるなど、研究分野を問わず当時では考えられないことであった。
この発見を機に、ブローネマルク教授はインプラント治療法、ブローネマルクシステムを確立してゆくわけだが、仮にこの実験が単に解剖学に関する狭量なものであったならば、更に、その実験に携わった者が希有な医療人であるとともに、人間愛に貫かれたヒューマニスト、ペルイングバール・ブローネマルクその人でなかったならば、インプラントなる近代医歯学の歴史を根底から覆した発明はなかったに違いない。

インプラントの開発において、ブローネマルクシステムの理念の根幹を成しているのが、互いに異なる領域に目的を持った一つの範疇にまとめあげる、という理念である。その端的な例が、ブローネマルク教授が好んで使う言葉“integration”統合や統一といった意味の単語だ。
チタニウムが骨と一体化する、インプラントのメカニズムはもとより、ブローネマルク理論誕生までの研究領域や、インプラントの伝道師として彼の下を巣立っていった門下生たちと共有する哲学など、“integration”は様々な側面で象徴的な意味を持つものなのだ。
現在、ブローネマルク教授が代表を務める、ヨーテボリ、カレアンダシュカ総合病院内の研究施設もオッセオインテグレイション・センターという名前である。

今日、我々がインプラントという革命的な歯科治療を享受できる環境にあるのは、その種を蒔き、育て、世界中に広めたブローネマルク教授の理念とともに、彼の人となりとによるところが大きい。
ウサギの骨の事故に際して、ブローネマルク教授がさしあたって考えたことは、骨やチタニウムのボルトとともに癒着してしまった特殊な顕微鏡のことであったという。
当時のカール・ツァイス製実験装置といえば、現在でも簡単に弁償できるような代物ではない。さしずめ、天文学者が、大口径の天体望遠鏡を壊してしまったような事故だったのだ。
このエピソードからも伝わるように、彼の誠実な人柄と責任感は、その後のインプラント治療における哲学の根幹となる。この事故、つまり発見以来、チタニウムと骨再生のメカニズムの研究に的を絞る過程で、ブローネマルク教授が思案したことは、「この発見がどのような意味を持ち、また医療へのいかなる貢献が可能であるか」ということと「それをどのような形で既存の医療分野と技術に統合させてゆくか」ということであったという。

世界の社会福祉におけるモデルとして常に注目を浴びるスウェーデン。
医療を大きく包括するスウェーデン型社会福祉の根幹には、社会福祉という概念そのものを成立させたスウェーデン人の民族的な意識が存在する。
対して、老人社会をまもなく迎えるものの、社会福祉という抽象的な観念のみが先行する日本。1960年代に早くも老人社会を経験し、社会福祉の充実によって諸問題の改善に取り組んできたスウェーデンに学べき例は多い。

ブローネマルク研究所があるヨーテボリの街中で、「社会福祉とはなにか」と尋ねると、10人中10人から同様の答えが返ってくる。
「社会福祉とは、万人が幸福な人生を送るための社会制度」と。これは、全人類共通のテーマともいえるが、こうしたスウェーデン人の意識をつかさどるのは、それに必然性を持たせるだけの歴史と試みである。
制度としての目的はもちろんのこと、人生の意義や社会との協調といったテーマにおいて、具体的なビジョンを提示できるからこそ、スウェーデンは福祉大国として成立し得たのだ。

オッセオインテグレーションセンターにおけるインプラント手術風景。

ブローネマルク教授がインプラントの開発研究を始めた1960年代当時、この研究の意義を認め、潤沢な研究予算を計上できたのも、公共医療の位置付けとその認識レベルが極めて高い、この国の社会制度に負うところが大きい。
インプラントによる歯科治療も一般化しており、国民の広くから支持されるところである。
個人医療負担が限り無くゼロに近いという制度的な利点も普及の一因ではあるが、何よりも重要なのがインプラント治療に収斂される国民一人ひとりの願い、「幸福な人生」を希求する能動的な意識だろう。